こころのプラネット

間違った生き方や考え方が自分を苦しめていた・・・ 不安障害で苦しんだ当事者が出会ったこころの真実。森田療法を中心に、マインドフルネス・仏教心理学などを通して 苦しみの本質に気づき、とらわれのないこころのあり方さぐります。

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自分を認めて欲しい

投稿日:2020年1月17日 更新日:

承認欲求とは

”人間は息をひきとるまで生涯をかけて、私を認めてくれ、私を認めてくれと、声なき声で叫び続ける可憐な生き物なのだと思われる”(矢沢永一「人間通」)

近年社会状況を分析する際の重要なキーワードとして「承認欲求」という言葉がたびたび取り上げられています。「承認欲求」というと難しく聞こえますが、要するに “周りの人から認められたい、評価されたい” ということです。

現代は常に他者とコミュニケーションをとりながら生きていくことが強く求められている社会です。周りの人から「承認」されるということは現代人にとってとても重要とみなされているからこそ注目されているのです。

マズローの「承認欲求」

「承認欲求」と言えばアメリカの心理学者A.マズローの「欲求5段階説」が有名です。

マズローは人間の欲求を、生きていくための基本的な欲求から高次の精神的欲求までを5段階に分けました。下から順に生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求を言い、「承認欲求」はその4番目にあげられています。

「承認欲求」とは 、具体的には周囲の人たちに自分の能力・魅力・才能・容姿・感覚などを認めて欲しい・評価して欲しいという欲求です。

承認欲求と愛着

私たちにとって「承認欲求」の最初の経験は母親(あるいは養育者)から与えられるものです。

愛着理論を提唱したJ.ボウルビィは「母親からの無条件の愛情による支えと受容が幼児の基本的信頼に重要な役割を果たしている」としました。それはつまり、「母親に自分の存在を認めてほしい」という欲望のことです。

人の「承認欲求」はここからはじまり、成長とともにさまざまな感情と絡みながら大きくなり複雑になっていきます。

承認欲求がもたらす問題

過剰な「承認欲求」

この “自分を認めて欲しい” “周囲から評価されたい” という「承認欲求」は健全に働いている限り私たちが向上発展するための大きな原動力です。しかし、この欲求が満たされなかったり大きすぎたりした場合には様々な問題が生じてきます。

学校や職場になじめない、人間関係がうまくいかない、ひきこもりで社会に出るのが怖いなど、現代のこころの問題の多くは人間関係に起因しており、「承認」の問題と深く関わっています。

承認を求めるアダルトチルドレン

そのことがよく分かるのがいわゆるアダルトチルドレンです。アダルトチルドレンは子ども時代に親(養育者)との関係でトラウマを抱えている人のことを言います。アルコールや薬物依存、虐待やネグレクトなど、機能不全の家庭で育った子供たちです。

彼らは一番大事な時期に、親からの無条件の愛情による支えと受容を得られなかったため、自分を認めることが出来なかったり、生きづらさを抱えていたりします。そのため、成長した後も「人に認めてもらいたい」「愛されたい」という「承認欲求」がとても強いのです。

自分を認めてもらうために、自分の望みをどこかに追いやり、「周りの人が求める自分」を演じ続けます。そうしないと受け入れてもらえず見捨てられてしまうと感じるからです。

条件付きの「承認」

「承認欲求」はアダルトチルドレンだけに特徴的なものではありません。ふつうの健康的な家庭で育った子どもにも当然見られます。

本来、親が子どもを受け入れるということは、ありのまま、その存在自体を無条件に受け入れることであるはずです。「生きていてくれるだけでいい」。それを「受容」とも言います。

愛着理論を提唱したボウルビィの言葉を待つまでもなく、生まれてきた子どもに母親は無条件の愛情を注ぎます。その中で幼児は安らぎと安心を得、健やかな心が育っていきます。

しかし、成長につれてそこに「条件」が付くようになります。「条件」とは親が子どもにこうあって欲しいという願望です。人並みの成績は取って欲しい、人並みの学校に行って欲しいなどさまざまです。

もちろん、条件をクリアしなければ「認めない」というわけではないでしょうが、子供は全面的に認められたいと親の意向を忖度します。「承認」が問題になるのはそんな子どもです。

親の願望には子どもが幸せになって欲しいという切なる願いがあるのは確かであり、それを一概に否定できるものではありません。しかし、結果的にそれは子どもに親の価値観を強いることになります。

その結果、子どもは親が「こうしろ、ああしろ」と直接要求しないでも親の意向をくみ取り無意識のうちに親の期待に応えようと行動します。つまり、親の日ごろの言動から親の「承認の基準」を敏感に察知しているのです。

子どもの関心事に共感を寄せる

それでは、親はどうやって子供と接したらいいのでしょうか。

心理学者のA.アドラーは、教育で大事なことは子どもに対して「特別でなくても価値がある」ということを教えることであると言います。

アドラーはS.フロイト、C.G.ユングと並んで現代心理療法を確立した一人です。その考え方をやさしく解説した「嫌われる勇気」という本がベストセラーになったので読んだ方も多いかも知れません。

アドラーは、親は「親の認めるいいこと」をした時にほめるのではなく、もっと子どもの日頃の些細な言動に目を向けること、その子どもの「関心があること」に注目し、共感を寄せていくことが大事であると言っています。

それによって、子どもたちははじめて一人の人間として「尊敬」され、認められていると感じることが出来るのだと言っています。

私の場合

私の場合を考えてみます。子ども時代の私は元気ではあったものの、引っ込み思案で恥ずかしがりや、相撲が強く走ることが得意だった以外、取り立てて才能に恵まれたわけでもない、どこにでもいるふつうの子どもでした。

私の上には3歳上の姉がいて私とは違い社交的な性格でした。友達もたくさんいました。そのため、母から「お姉ちゃんのような性格は得をするね」と言われ、無意識のうちに社交的な性格でないとダメなんだ、このままではダメなんだという意識を植え付けられました。

もちろん母親はそれを「承認」の条件としたわけでは全くなかったと思いますが、親が良しとする価値観(これは世間の価値観でもあったと思います)を子どもながらにしっかりと意識づけられました。

姉になれない私はひそかに劣等感を育み、また「こうでなければいけない」という観念的な理想主義を育てていきました。そして、それが思春期になって不安障害という ”つまづき” のひとつの原因になっていったように思います。

今になって思えば、そのままの自分を受け容れられなかったのが苦しみの始まりだったのだと分かります。

承認を求め続ける

私たちは大人になっても「承認」を求め続けます。「承認」を求める対象は親だけにとどまらず、友人、恋人、配偶者、会社の同僚、上司、世間などに拡大していきます。人によっては「誰からも認めてもらいたい」という際限のない欲望を持つようになります。

これが生きる励みになっている場合は良いのですが、周りの人の「承認」に頼りすぎると、常に他人に振り回され自分を見失ってしまいます。

「周りの人が求める自分」であろうとして苦しんだり、「承認」が得られなくて苦しんだり。生きづらさを抱えた人たちにはこうした「承認」を過剰に求める傾向が見られます。

私が不安障害(対人恐怖)に陥った原因のひとつもこの「承認」を求めてやまない欲望の強さにありました。「人に評価されたい」「人に良く思われたい」という強い「承認欲求」が、逆に「失敗したらどうしよう」「人にダメな奴と思われたらどうしよう」という不安を生み、それが対人の場で緊張を誘発し対人恐怖を引き起こしたのです。

私の場合に限らず、強すぎる、あるいは偏った「承認欲求」によってもたらされる影響は人によってさまざまな形で表われます。

学校や職場になじめない、人間関係がうまくいかない、社会に出るのが怖い、生きづらいなど、人間関係にまつわる悩みにこの「承認欲求」が強く影響を与えていることは、私の経験だけでなく、多くの人が指摘していることでも明らかです。

承認欲求をバーチャルな世界で満たす

最近、この「承認」の欲求を現実社会の中でではなく、ソーシャルメディアというバーチャルな世界で満たそうとしている動きが問題として取り上げられています。特に若い世代に顕著です。

私たちが暮らしている現実の社会では自分が承認されているということを実感することは簡単ではありません。また、また自分が思うような「承認」はなかなか得られません。「承認」を得るにはさまざまな人間関係を粘り強く維持することによってはじめて得ることが出来るものだからです。

そのため、もっと簡単に「承認」を手に入れることが出来るソーシャルメディアの世界にそれを求めるのです。そこでは、リツィートや “いいね”、ハートマークなどの数で「承認」を確認でき、自分は認められていると感じることが出来ます。つまり、現実社会での承認欲求の満たされなさをソーシャルメディアの世界は満たしてくれるのです。

こうしたソーシャルメディアの隆盛は「承認欲求」がいかに私たちにとって根強いものであるかを改めて感じさせるものです。

《「承認欲求」を克服するには

このように周囲の人からの評価を求める「承認欲求」は、私たちに多くの問題を投げかけています。それを克服するためにどうしたらいいでしょうか。

アドラーの「課題の分離」

先に紹介したA.アドラーは「他者の承認を求める必要はない」とはっきり否定しています。

アドラー心理学の根幹をなすキーワードの一つは「課題の分離」という概念です。自分の課題(自分が自分で責任を持つべきこと)と他者の課題(他者が自分で責任を持つべきこと)をきちんと分離して考えることが対人関係の悩みを解決するのに大切であるという考え方です。

なぜなら、私たちは他者の期待を満たすために生きているわけではありません。自分が選択したことに対して他者が自分にどんな評価を下そうと、それは他者の課題(他者が自分で責任を持つべきこと)であって、その結末を他人がどうしてくれるわけでもありません。最終的に引き受けるのはこの自分です。自分を変えることが出来るのは自分しかいません。それには自分の課題(自分が自分で責任を持つべきこと)をやりとげること、つまり「自分の信じる最善の道を選ぶこと」それだけである、と述べています。要は他者からの「承認」をあてにするのではなく、自分で自分を「承認」して行動することが大事であるということです。

自分で自分を「承認」する

アドラーの考え方

それでは、自分で自分を「評価する・承認する」とはどんなことでしょうか。

アドラーは「どんな能力をもって生まれたかは大した問題ではない。重要なのは与えられた能力をどう使うかである」と言っています。私たちは自分という容れ物を捨てることも交換することも出来ません。今ある自分をどう使っていくかが重要だというのです。

そのためには自分自身をそのまま認めることです。つまり「自己受容」です。無理に自分を肯定する必要はありません。出来ないことがあればその出来ない自分をありのままに受け容れて出来るように努力をしていくことです。

自分自身のあるがままの価値を受け入れ、自分の信じる最善の道を選び行動していくことが「他者による承認」の自縛から抜け出る道であると言っています。

森田療法の考え方

森田療法の考え方では、この「承認欲求」をどう理解したらいいでしょうか。

「周りの人の評価」は場合によって自分では気がつかない見方や評価があるかもしれません。しかし、他人の評価基準は人により、状況によって大きく変化します。また、それを受け取る側の解釈も、こうあって欲しいという自らの願望や価値観、感情が色濃く反映されています。つまり、そうしたさまざまな要素によって変わる「評価」はものごとの真実を伝えていません。

森田では「事実唯真」という言葉がよく使われます。その意味は “事実こそが本当の真実である” ということです。ですから、ものごとを判断するにあたっての基準は、それが「事実である」か「事実でない」かということになります。

それでは、何が事実なのでしょうか。それは、人間には「よりよく生きたい」という欲求が存在する” ということです。

私たちは自分自身を「あるがまま」にみつめた時、人によってさまざまな悩みや葛藤はあったとしても、胸の奥には「よりよく生きたい」という切なる願いが存在していることを認めざるを得ません。だからこそ生きていますし、だからこそ悩むのです。

森田では、その誰にでもある人間本来の欲求を大事にし、それを実現するために自らの判断で行動していくことが「生きる」ことであると言っています。決して「他者による承認」をあてにするということではありません。それが自分で自分を「評価する・承認する」ということにつながるということです。

【参考】「嫌われる勇気」岸見一郎・古賀史健(ダイヤモンド社)3839

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大学卒業後、放送局にて制作・報道などに従事。その後映像会社設立。
思春期より不安障害に悩む。自助グループで活動するかたわら心理学を学び、臨床心理士・公認心理師の資格取得。

名古屋市在住。2015年より長野県安曇野市で300坪の畑を借り都会と田舎の二拠点生活を始める。家族は妻・子ども3人・母。趣味は野菜づくり・読書・世界辺境旅行など。

 

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