不安・恐怖の根源
不安とは、私たちを脅かすような出来事や危険が迫ってくると漠然と感じ、自分ではそれをコントロールできないと感じる時生ずるものです。そして、それはあくまでも主観的なものです。
それに対して、客観的な脅威が存在する時は恐怖と表現します。
死に対する恐怖
私たちの不安・恐怖の根源にあるのは死に対する恐怖です。ですから、私たちはそれを本能的に恐れ、排除しようと考えます。しかし、死は誰もが免れることが出来ない事実であり、この恐れの感情も実は自然なものです。
人間の自然な心を肯定
森田療法を創始した森田正馬は自ら深い悩みを経験する中で、私たちは 「死を恐れないことはできない」。しかし、かと言って 「生きること(欲望)をあきらめることもできない」ということを悟りました。
つまり、「死を怖い」と思うのも、「よりよく生きたい」と思うのも、ともに人間の自然な心であり、私たちはその二つとも認めざるを得ないということです。つまり、「恐がりながら生きる」というのが人間の本来の姿であり、森田はそれを認めた上で、そこからどう生きていくのかを教えてくれるのです。
森田の恐怖突入
恐怖突入とは
それでは、不安や恐怖を感じた時、私たちはどのような行動をとればいいのでしょうか。
森田療法では、それを「恐怖突入」という言葉で表現しています。
恐怖突入の本当の意味
仕方ないとそのまま受け止める
では、恐怖突入にはどんな意味があるのでしょうか。森田は恐怖突入の意味をこう説明しています。
『苦痛の中にたたずみ、苦痛そのままになった時には、もはや自分には苦痛というものは見えない』『立って汽車が走るのを見れば、その速度を感じるが、汽車に乗ってしまえば、自分でそれを感じることができない。恐れもそのままになってしまえば、いかに大きな恐れでもこれを感じることができない』。
いわゆる「捨て身の心境」と述べています。つまり、「恐怖突入」とは、その恐怖を「克服」しようとするものではなく、むしろ恐怖に抗わずに(“恐れもそのままに”)、仕方ないと「そのまま受け止める」ことを意味します。
”恐れもそのままになってしまえば、いかに大きな恐れでもこれを感じることができない” というのは、「恐れ」という汽車に乗ってしまったのだから、飛び降りるわけにもいかずそれに乗っているしか仕方がない、つまり、そのまま受け入れるしかないということになります。それが “捨て身の心境” という意味であり、「恐怖突入」だというのです。
思い込みと事実の違いを知る
さらに、森田はこう言っています。
『自分が思い込んでいる “恐れている事態” が実際には想像とは異なるということを、理屈ではなく身体で体験させてくれるのが “恐怖突入” である』。
つまり、「恐怖突入」とは、これまで自分が感じていた不安や恐怖は「思い込み」(想像)であり、その「思い込み」と実際の場面で「体験した」事実は違うということを知ることです。不安や恐れの本当の姿を知るということです。言いかえれば「認知の修正」と言ってもいいかも知れません。
もちろん、差し迫った本当の恐怖(恐怖の実態が存在する)というものもあります。その場合は、それを取り除かないことには問題は解決しないかもしれません。
しかし、不安障害の人が感じている不安や恐怖は、もともと「自分が恐ろしいと思い込んでいるもの、自分の心が引き起こしたもの」、要は主観的なものであって、外部に存在する脅威というというものではないということです。
不安障害では「予期不安・予期恐怖」という言葉をよく使います。「こうなるのではないか」という「思い込み」による不安や恐怖のことです。森田は実際の恐怖と「思い込み」の恐怖の例をがん恐怖症の人の例で説明しています。
がん恐怖症の人が実際にがんになってしまうと、がん恐怖症は治ってしまうというのです。つまり今までは「がんになったらどうしよう」と恐れていたものが、いざがんになってしまうと、それどころではない、その病気「そのもの」と闘う(或いは共存)しかなくなってしまうからです。
森田は恐怖突入を、「ライオンのいる檻の中に入っていくのではなく、ライオンがいると信じ込んでいる空の檻に入っていくようなもの」と表現しています。
曝露療法(エクスプロ―ジャー)
森田療法でいう「恐怖突入」を、認知行動療法では曝露療法(エクスプロージャー)と言います。
森田の「恐怖突入」は、あくまでも恐ろしいと思っている事態に現実に直面することを促しているのですが、曝露療法では、不安階層表などさまざまな技法を使って同じ効果をあげようとしています。
次回はそれを紹介しようと思います。