《不思議な時間》
朝早くに何となく目が覚めてしまうことがあります。もう一度寝ると寝過ごしてしまう恐れがあるし、かといって起きるのも少し早過ぎる。そんな未明の時間、ベッドでぼんやりしていると様々なアイデア・発想が浮かんでくることがあります。皆さんはそんなことはないでしょうか。
まだ眠気が少しあるが、眠ってしまうほどではない。意識がまだ完全に覚醒していないぼんやりした薄明の状態がベストです。前夜、どうしてもいい考えが浮かばなかったり、考えが整理できなかったことでも、そのことにぼんやりと意識を向けていると、なぜか昼間には浮かばなかったアイデアや文章が次々に浮かんでくるのです。
もちろん、もともとが私の頭ですからすごいアイデアが生まれるとか、素晴らしい文章が創作されるということではありませんが、軽い瞑想状態とでも言うべき不思議な時間がしばらく続きます。
なぜこんなことが起きるのかその理由は分からないまま、困った時は早起きしてそのひらめきが下りてくるのを待つことがたびたびありました。
《デフォルト・モード・ネットワーク》
最近になって、どうもこれは「デフォルト・モード・ネットワーク」という脳の働きによるものらしいと分かってきました。
これは、ぼんやりしている時にのみ活動が活発になる神経細胞のネットワークのことです。
脳活動の多くはぼんやり
脳の活動は、仕事をする、本を読むといった意識的な活動に消費されるエネルギーは全体のたった5%で、メインテナンスに20%、残りの75%は何もしないでぼんやりしている時に費やされていると言われています。
つまり、脳のエネルギーの多くが、「デフォルト・モード・ネットワーク」の活動に費やされているというわけです。
自動車のアイドリング
ぼんやりしているからといって、私たちの脳は決して活動を休んでいるわけではありません。分かりやすく言えば自動車のアイドリングのように、これから起こりうる出来事に備えるためにスタンバイしている状態だというのです。
ネットワークの働きに諸説
しかし、その「デフォルト・モード・ネットワーク」の働きに関しては諸説あります。
一つ目は、ぼんやりしている時は、心の中にはさまざまな雑念が次々と浮かんでは消えを繰り返しており、心がさまよっている状態だと言います。つまり、それによって脳の疲労を蓄積させているという負の側面を強調する説です。
二つ目は、それまで蓄積された情報や知識をそのネットワークが整理して、より効率的に考えを導き出すための準備をする機能が働いているとする正の側面を強調する説です。
そして、三つめは、二つ目と関係があるのですが、「ひらめき」を生み出す源泉であるとする説です。
この研究そのものが緒に就いたばかりで、その評価に定説はありませんが、今回はその働きの一つである「ひらめき」について考えてみたいと思います。
《ネットワークがひらめきを生む》
脳の広い領域が活性化
人間の脳は、勉強や仕事など意識的に何かに取り組んでいる時に比べて、むしろぼんやりしている時の方が、脳の広い領域にわたってより活性化している状態であることが分かってきています。この状態の脳は、意識的な活動している時に比較して20倍ほど活発であると言われています。
ネットワークの中心は「海馬」
「デフォルト・モード・ネットワーク」の中心的な役割を果たすのは、記憶に関わる脳の領域「海馬」です。このネットワークが、無意識のうちに私たちの「記憶の断片」をつなぎ合わせ、思わぬ「ひらめき」を生み出すのではないか、と言われています。
神経ネットワークの結びつきが変わる
「ひらめき」を脳のメカニズムから見ると、神経ネットワークの結びつきが変わることによって得られる現象と捉えることができます。
ふだん私たちが仕事や勉強をしているような場面では、脳を効率的に使うため、脳の限られた領域のみが活発に活動し、それ以外の領域は休んでいるような状態です。例えば記憶でもふだん使う記憶を使い回しています。そのため、神経ネットワークの結びつきの変更は起きにくいと考えられます。
しかし、ぼんやりしている時、つまり「デフォルト・モード・ネットワーク」の状態では、結びつきの変更が活発に行われます。ふだんはつながることのない領域も活性化して、新しいつながりや組み合わせが出来やすくなっています。例えば、あちこちに散らばる記憶の断片も思いもよらないつながりによって、新しいものの見方・考え方が生まれやすくなります。つまり、「ひらめき」が得られる可能性が高くなるというわけです。
大発見はひらめきから
ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏のひらめきは、過去の実験・検証に見切りを付けようと決断し、気分を変えるために入ったお風呂の中で訪れたそうです。
他にも、大発見にはこうした突然のひらめきによって得られたことを示すエピソードに満ちています。
関心のアンテナを立てる
ただここで重要なのは、大発見にはひらめきに至るまでに、寝食を忘れてその課題に取り組んだという前提があるということです。つまり、発見者は常にそのことに関心を持ち続けており、その関心のアンテナがひらめきを感受したということです。
もちろん、私たちにも小さなひらめきの可能性はあります。そのためには、やはり関心を持ち続けるということが何よりも大切なことのように思われます。
《デフォルト・モード・ネットワークの効用》
このように「デフォルト・モード・ネットワーク」はさまざまな機能があります。その効用を簡単にまとめてみましょう。
1)集中力を高める
1つ目は、「集中力を高める」ということです。一見まったく逆のように思えますが、ぼんやりとしていることが集中を維持するために重要な役割を果たします。
一つのことに注意を集中すると長続きしません。むしろぼんやりと何かに注意を向けている状態の方が集中力が持続します。
心が過去や未来をさまようことなく「いまここ」に留まっている状態。つまり、瞑想と同じような脳の働きが再現されているのではないかと私は推測しています。
その「いまここ」に留まるためのポイントは、自分がその時関心を持ち続けている課題にぼんやりと関心を向けるのです。
しかし、一生懸命に注意を向けるのではありません。関心のアンテナだけは立てておき、ぼんやりとそのアンテナに入ってくる電波を待つというイメージです。
まさに、私が早朝に体験している状態がそれで、意識的に課題に向き合う時より、雑念が入らずしかも持続します。マインドフルネスなどの瞑想状態にも共通するものがあると思われます。
2)思いもよらない発想が得られる
2つ目は「思いもよらない発想が得られる」ということです。「デフォルト・モード・ネットワーク」は広範囲に脳が活性化し記憶の取捨選択を行っているので、思いもよらない記憶と記憶が結びつく可能性があります。その結果、時間や空間を自在に飛び越えて、自由な発想、ひらめきが生まれる可能性があるということです。
《「ゾーン」との関連は?》
余談ですが、私の経験では「デフォルト・モード・ネットワーク」での脳の活動状態と「ゾーン」または「フロー」という現象における脳の活動状態は何か関連があるような気がして仕方がありません。
「ゾーンに入る」とは、時間の感覚がなくなるほどに何かに集中し没頭することで、それに近い感覚を私も仕事で味わったことがあります。
この時は、アイデアが次々湧いてきて決断も早く、長時間働いても少しも疲れませんでした。
リラックスしているが何となく集中している、「デフォルト・モード・ネットワーク」での脳の状態と似たような感覚を今でも覚えています。
ただし、この経験はこの時一回限りで、二度と味わうことが出来ないでいます。
《マインドフルネス瞑想との関連は?》
また、「デフォルト・モード・ネットワーク」の脳の働きは、マインドフルネス瞑想とも近い関係にあると思います。
マインドフルネス瞑想は「気づき」の瞑想です。気づきとは突然「ああそうか!」と腑に落ちる体験です。つまり、それは新しい事実の発見ということであり、「ひらめき」ときわめて近い体験です。
これについては、改めて別の機会に述べてみたいと思います。