こころのプラネット

間違った生き方や考え方が自分を苦しめていた・・・ 不安障害で苦しんだ当事者が出会ったこころの真実。森田療法を中心に、マインドフルネス・仏教心理学などを通して 苦しみの本質に気づき、とらわれのないこころのあり方さぐります。

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生きる意味

投稿日:2020年1月21日 更新日:

生きる意味

“生まれて来てよかったと、ああ、いのちを、人間を、世の中を、よろこんでみとうございます。僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからないのです”  (太宰治「斜陽」)

人はしばしば「自分はなぜ生まれてきたのか」「何のために生きているのか」と考え、悩むことがあります。もともと私たちはあらかじめ理由があって生まれてきたわけではありません。しかし、ただ生きていればそれだけで良いのかというとそうではありません。人間とはどうしても「生きる意味」を求めてしまう生きものでもあります。

フランクルの「生きる意味」

ナチスの強制収容所において言語を絶する過酷な状況を生き抜いた精神科医V.フランクルは「生きる意味」を問い続けました。その主著である「夜と霧」は世界的なベストセラーとなり、アメリカでは「私の人生に最も影響を与えた本」のうち、精神医学としては唯一ベスト10入りをしています。

何のために生きるか 

私たちは「何のために生きているか」と問われれば、自分が本当にしたいこと、例えば夢や希望・目標などを達成することと答えるでしょう。いわゆる自己実現のためです。

しかしフランクルは、自己実現は自分が求めるものではなく、自然に生まれてくるものであり、それが目的化した時自己実現は逃げていくと言います。

人生から意味を問われている

ですからフランクルは、そうした人生の意味(自己実現)を追い求める必要などないと言います。「人は人生の意味は何かと問う前に、むしろ私たちは人生から意味を問われている」のだと。

あなたにも出来ることがある 

「人生から意味を問われている」とはどういうことでしょうか。

フランクルは「この世のどこかにあなたのことを本当に必要としている “何か” があり、“誰か” が必ずいる。その “何か” や “誰か” のためにあなたにも出来ることがある」というのです。
つまり、自分は役に立っている、貢献していると感じられることで、人は自分に価値があると思えるのです。

“何か” や “誰か” のためにあなたにも出来ることがある。これは、人の生きる意欲をかき立ててくれます。自分が求められていることに気づき、それに応えていくことが「生きる意味」であるということになります。

意味によって人は癒される

フランクルは “どんな状況にあっても人生には意味がある” と言います。また、“苦しみは真実への案内役だ” とも言っています。自分の人生がもし厳しい試練に遭ったとしても(例えばガンになってしまったなど)、そのことによって人は自分の試練の「意味」を見出そうとします。

例えば、“病気によって、自分の間違った生き方に気づかされた” 或いは ”自分のことをこんなに心配してくれる人がいる。私はこの人に何をしてあげられるのだろう” など人によっていろいろでしょう。いずれも病気にならなければ気づけなかったことかもしれません。

その見出された「意味」によって人は癒されます。このつらい試練にも意味があったのだと。癒しの力はその「意味」にこそあるとフランクルは言っているのです。

私にとっての「生きる意味」

このフランクルの考え方は私たちにとても大きな発想の転換をもたらします。

私は退職後の第二の人生をどう生きたらいいのか、正直思い悩んでいました。その時、思い浮かんだのが自分が苦しんだ不安障害という運命です。このままでは私は苦しんだという経験だけで終わってしまうのでは、そう思いました。その時、「その苦しみの体験の中からあなたに出来ることがあるのではないか」という声が聞こえたのです。つまり、私は人生からやるべきことを問いかけられたのです。

生きる意味を見出す

そこで、私は自分が経験の中で感じ、考えたことはどんな意味があるのか学ぶとともに、それをブログとして発信することを思いつきました。同じように悩み苦しんでいる人に伝えることで少しはお役に立てるのではないかと思ったのです。いわゆる「当事者研究」です。

自分の苦しさは自分が一番分かります。悩める当事者みずからが抱える生きづらさ・感覚・感情・人間関係・葛藤・思いなどを、単なる悩みとしてではなく、よりよく生きていくための研究テーマとしてとらえ、それを前向きな生き方に創造していこうと考えたのです。

あなたを必要としている ”何かがある・誰かがいる”

多分、これまで通りのやり方で自分の「生きがい」探しをしていても、私はこのことには気づけなかったかもしれません。自分の置かれた立場、与えられた運命を虚心に眺めた時、大げさに言えばそれが自分にとっての使命かもしれないとはじめて気づいたのです。

「生きがい」を探して見つからずどうしていいか分からない人にとっても、与えられた運命の中で自分が「求められていること」が必ずあるはずです。つまり、この世のどこかに、必ず「あなたのことを本当に必要としている “何か” があり、 ”誰か“ がいる」、そのことをフランクルは伝えているのです。

アドラーの人生の意味

このフランクルの考え方は、岸見一郎氏の著書「嫌われる勇気」で日本でも知られるようになったA.アドラーの考えと共通するものがあります。

アドラーは「自分を超えた “何か” のために生きる時に真の幸福は訪れるのだ」と言います。“私は誰かの役に立っている” という貢献感が人を幸せな気持ちにし、「生きる意味」をもたらすと主張しました。
これは、これまで紹介してきたフランクルと共通した考え方です。

もともとフランクルはアドラーに師事していたこともあり、「人生の意味」についての関心は共通のものがあったのです。

べてるの家の「生きる意味」

「生きる意味」を考える上で、深く考えさせてくれるもうひとつの例があります。精神障害などを抱えた人たちの集まり「べてるの家」(北海道浦河町)という自助グループです。

そこでは、心の病に苦しむ人たちが、昆布を売るなどして自立し、その日々の試行錯誤の暮らしから紡ぎだした豊かな「ことば」をもって生きる意味を発見しています。

運命を受容することによって「生きる意味」が見えてくる

その一つに、「降りていく生き方」ということばがあります。私たちは「進歩しなければいけない」「上昇しなければいけない」という強迫観念にがんじがらめに縛られています。そのとらわれから抜け出せないから苦しいのです。それなら自分から底におりてしまえばいい。文字通り地に足がついた状態です。そこには安心があります。

そこから後は落ちついて考えればいい。そのまま、そこで何かを見つけるか、一段ずつ昇るか。つまり、運命を受容することによって「生きる意味」が見えてきます。

そうした 生き方を手さぐりで模索しているのが、「べてるの家」の人たちです。そこから見えてくるのは、どんな状況にあっても、「生きる意味」を見出すことができるということです。
このことは、私たちが生きる上でとても力強いメッセージになるように思われます。

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大学卒業後、放送局にて制作・報道などに従事。その後映像会社設立。
思春期より不安障害に悩む。自助グループで活動するかたわら心理学を学び、臨床心理士・公認心理師の資格取得。

名古屋市在住。2015年より長野県安曇野市で300坪の畑を借り都会と田舎の二拠点生活を始める。家族は妻・子ども3人・母。趣味は野菜づくり・読書・世界辺境旅行など。

 

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