こころのプラネット

間違った生き方や考え方が自分を苦しめていた・・・ 不安障害で苦しんだ当事者が出会ったこころの真実。森田療法を中心に、マインドフルネス・仏教心理学などを通して 苦しみの本質に気づき、とらわれのないこころのあり方さぐります。

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「あるがまま」と「自己受容」

投稿日:2020年1月3日 更新日:

あるがままとは

森田療法の人間観の根本はひと言でいえば「自然な生き方」です。「もともと私たちの身体と精神の活動は自然の現象である。人為によってこれを左右することはできない」という森田の考え方にその基本があります。

森田療法の中心的な思想ともいうべき「あるがまま」という言葉もそこからきています。「あるがまま」はただ単に「自然な」とか、「自然体で」とか、「そのまま」とかいう意味に捉えられがちですが、それとは少し意味が異なります。また、不安や症状を我慢しなさいとか、あきらめなさいといったこととも違います。

価値判断や解釈を加えない

私たちは、日ごろから無意識のうちに、ものごとの意味や価値を観念(思考)によってラベリングしています。
その価値判断や解釈は、何から来るかと言えば、「快・不快」「好き・嫌い」といった感情から生み出されています。そのため、ものごとをあるがまま素直に観ることが出来ません。

偏ったものの見方・考え方は事実とは違うので現実と齟齬をきたし、こころの不安や葛藤などを生む原因になってしまうのです。そのため、そうした価値判断や解釈を加えないでものごとを感じ、受け取りましょうというのが「あるがまま」ということです。

事実を受け入れる

森田療法は不安障害(さまざまな症状の中核に不安がある)を治療の対象としています。そこでは、「あるがまま」をどう説明しているのでしょうか。森田では、まず不安や症状を排除しようとするとらわれやはからいをやめて「そのままにしておきましょう」と教えています。

なぜなら、「もともと私たちの身体と精神の活動は自然の現象」であり、不安・恐怖という感情も生き物が危険から逃れるために与えられた自然の生存本能です。

そうであってみれば、それは私たちがどうこうできるものではありません。つまり、「事実を認める」あるいは「事実を受け入れる」しか他に方法がないということになります。それが「あるがまま」の態度ということになります。

「あるがまま」より仕方がない

森田は著書の中で『詮じつめれば、あるがままでよい、あるがままよりほかに仕方がないということになる。これを宗教的にいえば帰依とか帰命(きみょう)とか絶対服従の意味になる』と書いています。

事実の前では私たちが頭で作り上げた観念は無力であるということです。それは本当の意味での宗教につながるかもしれませんが、ここではあくまでも「事実だけが真実である」(事実唯真)ということを言っているのです。

もう一つのあるがまま

そして、「あるがまま」にはもう一つの意味があります。人は誰でも基本的には「向上発展したい、より良い人生を送りたい」という前向きの気持ち(生の欲望)を持っています。そうした気持ちがあるからこそ「不安」が生まれるのです。

「不安」と「生きたい」は同じものであり表裏一体をなしています。ですから、自分のこころをじっと見つめてみれば、不安の裏に隠れてはいますが、その底にはよりよく生きたいという炎がまだ燃え続けているということに気づくでしょう。

その気持ちもまたその人にとって真実であり、それを認めることも「あるがまま」のもう一つの姿ということになります。

自己受容とは

臨床心理学では「適応」や「治癒」に関わる重要な概念に「自己受容」があります。それでは自己を「あるがまま」に観ることと「自己受容」とはどう違うのでしょうか。

治療における重要な概念

「自己受容」とは、一般には、“自己の価値をありのままに受け入れること” とされており、自己理解・自己承認・自己価値・自己信頼などとも関係し、現実に適応した生活を送る上で、また、心の悩みを治療する上で重要な概念とされてきました。

「自己受容」は自己肯定感など肯定的な意味だけでなく、自己の否定的側面とも何とか折り合いをつけていくことであり、意識、無意識を含めた自分という存在そのものを受けとめることと理解されています。

自己受容の大切さを最初に主唱したのは来談者中心療法の創始者カール・ロジャーズで、彼は「自己受容がセラピィの向かう方向であり、結果でもある」と述べその重要性を指摘しています。

あるがままと自己受容

もちろん、「あるがまま」と「自己受容」とは同じ意味というわけではありません。自己に対する見方が西欧発祥の精神療法と、東洋思想に基づく森田療法とでは大きく異なるからです。

「自己受容」における「自己」

「自己受容」とは、「自己」の主観内にあるものを客観的な「対象」へと具体化し、外にあるものとして受け入れるということです。

つまり、自分の心の中にあるものを自分から切り離して見つめ直し、その上でそれを受け入れるということです。そのことで、自己に対する理解、承認、価値、信頼が高まることにつながります。

「あるがまま」における「自己」

それに対して、「あるがまま」の背景となる東洋思想では、「自己」と「対象」は対立的なものではなく全体のそれぞれ一部であり、全ては一体で連続的なものとみなしています。

つまり、「自己」は全体である自然(宇宙)の一部であり、自然と「自己」は連続的につながっているということです。

自然はその人知の及ばない正しい秩序を内包していますから、「あるがまま」に自己を観るとは、その自然の理(ことわり)をそのまま認めることに他なりません。自己のはからいや作為によって変わり得るものではありません。ですから「あるがままであるよりほかに仕方がない」ということになります。

つまり、「自己受容」はあくまでも今の自分を受け入れる主体は「自己」です。

しかし、「あるがまま」では「自己」は主体ではありません。自然という大きな存在の一部にしか過ぎないので、自己を含む自然(宇宙)そのものをひっくるめて受け入れるということになります。

「あるがまま」が進めば「自己受容」も進む

このように自己に対する理解の仕方に大きな違いがありますが、今の自分を受け容れるという点においては通ずるものがあります。
「あるがまま」の心的態度が進めば、「自己受容」は当然促進されるわけであり、それは適応に大きく関わるということになります。

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大学卒業後、放送局にて制作・報道などに従事。その後映像会社設立。
思春期より不安障害に悩む。自助グループで活動するかたわら心理学を学び、臨床心理士・公認心理師の資格取得。

名古屋市在住。2015年より長野県安曇野市で300坪の畑を借り都会と田舎の二拠点生活を始める。家族は妻・子ども3人・母。趣味は野菜づくり・読書・世界辺境旅行など。

 

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