ふと浮かぶ記憶・思い
思い出そう・考えようとしていないのに心に浮かぶ
何かを「思い出そう」とか「考えよう」としていないにもかかわらず、とりとめのない記憶や思い(思考)がふと頭に浮かんできて、しばし目の前のことを忘れてこころの内なる世界にさ迷っていた経験はありませんか。
人の話を聞きながらぼんやりと別のことを考えていたり、本を読んでいても心はそれとは別の空想にふけっていたり、旅先でふと見かけた風景に子どもの頃の思い出が一気によみがえったり、仕事をしながら脈絡のない記憶や思考の世界に迷い込んだり・・・。
私たちは日常このような、「思い出そう」としていないのにふと過去の記憶を思い出したり、「考えよう」としていないのにふと思考が浮かんできたり、といったことをしばしば経験しています。
さ迷えるこころ「マインドワンダリング」
こうした「さ迷えるこころ」の状態、「こころここにあらず」の状態、「雑念が次々と湧いてくる」状態、これを「マインドワンダリング」と呼びます。
私たちが「ぼんやりしていた」という状態の時は、このマインドワンダリングの状態といってもいいでしょう。
注意が離れ内的世界へ
ふつう何か活動をしている時(例えば料理をしている時)、こころは料理の手順や味つけの方法など、つまり「いま、その瞬間」に注意が向いているはずです。
しかし、人間のこころはしばしばそこから離れて、自分の内的世界(意図しない記憶や思考)へ向かってしまいます。そのため、目の前の状況が意識に上りにくくなり、ますます内的世界へ没入してしまうということが起きるのです。
脳波を使った研究でも、マインドワンダリング中は外からの刺激に対する脳の反応が弱くなることも明らかになっています。
どんな時に起きるか
こうしたマインドワンダリングが起こりやすいのは、馴れた仕事、関心が持てない活動、不安を感じている時などに多く、初めての仕事、集中力が必要な活動、積極的な関心を持っている時は少ない傾向にあると言われています。
そもそも、私たちの脳は注意を長い時間持続することが困難であり、時々注意が散漫になるようにできているとも言われています。これもホメオタシス(生体保持)の一種と考えられます。
多くの時間を費やす
私たちは1日の多くの時間をこのマインドワンダリングに費やしています。
ある調査によると30~50%というデータもあります。
私たちはふだん、自らが意識的に思い出し、意識的に考えていると思いがちですが、実はびっくりするほど多くの時間を、「こころここにあらず」の状態で、ぼんやりよそごとを考えて過ごしていると言えます。
なぜマインドワンダリングが起きるのか
しかし、この時間がまったくムダで意味がないのかというと決してそうではありません。
人がこれだけ多くの時間をマインドワンダリングに費やしていることを考えると、ここに何らかの重要な意味があると考えられます。
そのため、最近はこの現象の中に、これまで見過ごされてきたこころのさまざまな意味が含まれていると考え、活発な研究が行われるようになってきています。
ネガティブとポジティブの2つの側面
マインドワンダリングにはネガティブとポジティブの2つの側面があります。
ネガティブの側面では、課題に対して集中が持続しないため効率が悪くなります。また、ふと浮かんでくる記憶や思考がネガティブなことが優勢になると、不安障害や抑うつなどに関係してきます。(このことについては、「ふと浮かんでくるネガティブな思い」で考えてみたいと思います)。
ポジティブな面では、例えば、思い出そう・考えようとしなくても、過去や未来に関する情報が意識に上ることで、私たちは目の前の状況だけに縛られないで情報を得ることが出来ます。
それはより適切な行動をとれるようになるための適応行動とも考えられます。この働きは洞察やひらめき、気づき、マインドフルネスなどにも関係するといわれています。
マインドワンダリングと
デフォルト・モード・ネットワーク
最近、脳の研究が盛んになり、このマインドワンダリング(さ迷えるこころ)とデフォルト・モード・ネットワーク(脳のアイドリング状態)が極めて似ていることや、それと関連して、瞑想を取り入れたマインドフルネスとの関係が取り上げられるようになっています。
そのことについては、次回で紹介します。
【参考】
「ふと浮かぶ記憶と思考の心理学~無意図的な心的活動の基礎と臨床」関口貴裕・森田泰介・雨宮有里著