《不安に対する考え方》
私たちが最も頻繁に経験する「不安」という感情。
それに対して、どう対処するのかにはさまざまな考え方があります。
今回はその代表的な心理療法である「認知行動療法」と「森田療法」の考え方を紹介しましょう。
《認知行動療法の基本的な考え方》
近年、うつ病や不安障害などを中心に心理療法の主流となってきたのが認知行動療法です。
認知行動療法は1970年代以降急速に広がった比較的新しい心理療法です。治療対象はうつ病・不安障害をはじめ摂食障害、発達障害、パーソナリティ障害など適用が広がっています。
感情は認知に影響を受ける
認知行動療法では、「人間の感情や行動は認知のあり方に影響を受ける」という基本的な考えから来ています。
例えば、外出先のデパートで突然心悸亢進が起こったとします。それはたまたま起こったことであっても、次に同じような場所、似たような状況に遭遇すると、「また心悸亢進が起きるのではないか」「心臓が止まってしまうのではないか」というマイナスの考え(認知)が条件反射的に生じるようになります。これを「自動思考」と呼んでいます。自分の意志とは関係なく自動的に湧き出る思考という意味です。
自動思考は考え方のクセが生み出す
「自動思考」というのは、これまでのその人の人生観や人間観に基づいて形成された考えの枠組み(スキーマ)から生まれます。
例えば、「何事も否定的に考える」「ものごとを白か黒かに分けたがる」「~すべきであると偏った信念を持つ」などといういわゆる「考え方のクセ」です。
そして、そんな経験が重なると、街に出かける度に「また起こるんじゃないか」と予期不安が生まれ、その不安がまた悪循環を生じパニックになります。これがパニック障害です。こうなると人はそうした行動を控えるようになり、そのことによって、症状がさらに強化されてしまうことになります。
《森田療法の基本的な考え方》
不安障害の原因はとらわれ
それに対して森田療法は、不安及び不安障害の発生する原因を「とらわれ」という特有の心理的メカニズムによるものと考えます。
「とらわれ」には、生き方へのとらわれ(よりよく生きたい)、身体へのとらわれ(いつも健康でいたい)、不安や恐怖へのとらわれ(いつも心配なく安心でいたい)、観念へのとらわれ(自分はこうあるべきだ)などさまざまな形で存在しています。そして、それらが万全でないとだめだと考え不安になります。
とらわれのメカニズム
不安を持ちやすくとらわれやすい性格的な要因をもった人が、あることに不安を抱くと「とらわれのメカニズム」という罠にはまってしまいます。
もともと不安に敏感で執着性が強いので不安を特別視し(とらわれ)、そのことばかりに注意が集中します。そうすると不安がますます強くなります。それが症状への「とらわれ」をますます強めます。
その上、自己内省的でまじめな性格のため、その不安を「自然な感情の働き」として受け容れられず(観念のとらわれ)、「不安はあってはならない」と思考でコントロールしようとします。ところが、そうすればそうするほど不安な感情は減るどころか強くなっていきます。つまり、不安や恐怖といった自然な感情を無理に排除しようとする間違った対処の仕方が症状を引き起こし増大させている原因であるということです。
《森田療法と認知行動療法の違い》
不安の「コントロールモデル」と「受容モデル」
森田療法研究所所長の北西憲二氏は森田療法と認知行動療法の特徴について次のように述べています。
「西欧の自然科学的思想から生まれた精神療法(精神分析療法・認知行動療法など)は、不安の原因を探し出し、それを減らしたり修正したりする、いわば『不安のコントロールモデル』ともいうべき考え方です。
それに対して、森田療法は、東洋の思想を根底に持つ治療法で、悩みの原因を探すよりも、不安や恐怖を自然なものとして受け容れ、日々の生活でできることをこなしていく、いわば『不安の受容モデル』ともいうべき考え方である」(北西2008)。
認知行動療法が病気の患部に焦点を当て治療していく西洋医学的な考え方とすれば、森田療法は生き方も含めてその人全体を治療の対象にしている東洋医学的な考え方と言えます。
関心が高まる森田療法
広がる治療の適用範囲
いま、医学の世界でも東洋医学的でホリスティック(全的)な医療の重要性が見直されてきています。また、臨床心理の世界でもマインドフルネス(いま自分に起きていることをそのまま感じとる)が大きな注目を浴びています。これは仏教の瞑想を取り入れた心理療法ですが、森田療法もそうした時代の中で関心が高まっています。
そんなこともあって、最近では、森田療法の適用範囲も広がっており、慢性化したうつ病、アトピー性皮膚炎や慢性疼痛などの心身症、PTSD、がん患者のメンタルヘルスなどにも広く応用されています。
高齢社会の生き方の指針にも
また、森田療法はこれからの高齢化社会にも注目されています。
森田療法はこれまでどちらかというと青年期から成人期にかけての人たちが主な対象でした。それは不安障害という心のつまづきが、この年代の人たちが社会に出て活動する中で起きる「適応不安」というものに多くが起因していたからです。
しかし、近年高齢化社会になって、高齢者のメンタルヘルスも重要になってきています。身体的な衰えや不調、記憶力や意欲の減退など、老いという事実をどう受け容れ、どう生きてゆくのかが私たちにとってとても重要な問題になってきています。そんな時、不安や葛藤を「あるがまま」に受け容れ、生きることにつなげていく森田の考え方は高齢者にとっても生き方の大きな指針になるのではないでしょうか。